㉗「元祖だったんだ」

今探しても見つからないのですが、沖先生のけっこう古い時期に出版された本で、その本の最後に「今の私があるのはこれらの先生方のお導きによるものです。以下の先生方に感謝いたします」というような文言で宗教界の重鎮だとか新興宗教(別に悪い意味ではなくて)の教祖様の名前とかが10人弱かな、ずらっと並んでいるページで本が終わっていました。

そこに野口晴哉先生のお名前もあったのですね。その本を最初に読んでいたのは野口先生のお名前など知らない時期ですから、まったく記憶に残らなかったのです。後に偶然みつけてびっくりしました。絶対に沖先生の本を捨てた記憶はないのですが、その本を蔵書の中でいくら探しても出てこないのが不思議です。

野口先生が沖先生のことを語られている講義録は二つあったのですが、最初に読んだものは、沖先生がご自身のヨガの講習の中に野口先生から学ばれたことを入れていますけどいいんですか、とご注進に及んだ受講生の言葉に

「沖君は自分で確かめて、考えてやっているからいいんだ」

というような言葉を返されていました。野口先生も認められていたのですね。

ただ、その後何年後の講義なのかは分かりませんが、

「沖君は勝手なことばかりするから辞めてもらった」というようなのもありました。(笑)

ああ、あの恐ろしかったカリスマ、沖先生にもそんな修業時代がおありだったんだな、というような感想でしょうか。
進化体操誕生物語が津田の自伝みたいになってしまってますね。

ヨガに対する技術的な不満、個別に処方する基準がないということを、野口整体につながる背骨の観察の技術でなんとかなるのでは、という思いで野口先生の著作や手に入った講義録を読んでいった。

そしてインドヨガそのままでないにしろ、かえって凄いんじゃないか、自分には合っているんではないか、と感じていた沖先生のヨガというもののルーツに、そもそも野口整体の考え方や技法が取り入れられていた。なんだ、宗旨替えというよりは、元祖に向かってさかのぼっているだけじゃないか、というような運びになっている、ということですね。