笑顔の研究 8

新大阪健康道場は、大阪府の緊急事態宣言を受けて、現在休業中です。

今週の火曜日あたりから実験的に開けてみて、3月ごろから以前のスケジュールに戻す予定にしています。

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中国拳法やアジアの武術を教えている兵庫県のIさんから

「笑顔で試しにマイクロストレッチや進化体操をやってみたのですが =断然、こっちの方がいい!=とちょっと驚くぐらい感動しました」

「顔のよけいな力が抜けると、首の付け根から背中のこわばりがすっきり取れました」

「昨日からずっと笑顔バージョンでせっせとやってます。やりたくなります」

などの感想を頂きました。「我が意を得たり」ですね。元来が怠け者の私なので、いいトレーニング法を作ってもなかなか習慣化できない。だからこそ習慣化の技術などを自分で見つけることができたのですが。

頑張ってやり抜いたことは、頑張らないとできないので、本物じゃない。めんどくさいなと思うようなことを「没頭してしまっていた」「夢中でやってた」こそが目指している方向です。

進化体操やマイクロストレッチとは確かに相性が極めていいですね。マイクロストレッチ入門の製作を急ぎます。ということで今日も笑顔の研究は続きます。

「笑顔の研究 8」

●自発性 内側から発するものには力がある

話は「自発的」「自発性」です。考えてやったり、毀誉褒貶や損得の計算でやるようじゃ自分の本当の力というものは動員されないからいけないのだ、というのが野口先生の指摘です。

頭が考えて作為で出てくる、作り笑いやちまちました行動というのでは、その人の力は出て来ない。向き合っていてもつまんない。その人の裡側(うちがわ 野口先生は内側を表すのにもっぱらこの字を使われていました)から出てくるものでないと、人も感動しない、つきあってもつまらない、そういう指摘をされていたのだなと感じます。

ということを加えて再び笑顔です。笑顔(頑張り顔・泣き顔も非常に類似している)とは何だろうということです。野口先生の指摘される「裡側から出るもの」と非常に相性がよさそうなのは誰しも感じられるでしょう。

 

●笑顔の正体 それは噛みつきにいく口である!?仮説

それを「進化体操と和の体育」の進化の目で分析するとどうなるでしょう。結論(仮説)から申し上げます。それは

「口は裂けているのが正しい、ノーマルである。本来のポジションである」

という切り口です。

人間はほ乳類です。犬猫クジラの仲間です。それよりも進化をさかのぼってトカゲ的な生き物も一緒に見ても結論は変わりません。ちょっと横に逸れて、鳥も見ればいいかもしれません。

それらの口元を見ると、ものすごく立派なあごです。そして見事に横に裂けています。

人間だって、骨格むき出しにすれば、耳たぶの下から骨格としての口は始まっています。

人間が食べやすいものや柔らかいものばかり食べているからか、はたまた言葉をしゃべるのに便利な口の形に変化していったのかまでは考察していません。ですが、人というのは、大きな口の骨格の前に、唇で縁取られた小さな穴しかあいていないのですね。

 

●口はただの穴である

だから「口」というと、その小さな楕円形の穴のことになってしまいます。でも本来の口は下あごが形作っている骨格的口の方です。

人の運動というのは、突き詰めれば骨の関節の角度の変化です。骨が動かないと身体は動けません。

世の中やたら筋肉、筋肉と言いますが、筋肉は骨と骨の角度を変える(これが動作の本質です)ためのチームの一員です。決して筋肉だけで動いているわけではありません。もし筋肉を評価するとすれば、骨と骨の角度を必要最小限の筋力で変えることができ、動作目的を最適に達成できた、というときに評価されるべきです。

出力を増そうとしたら、単発単品の筋肉だけではなく、重心の位置とか身体の傾け方、総合的な内圧などとの相性も語られるべきです。つまり、筋肉もそのメンバー、一座の一員になって、ほかのあらゆる身体の機能と一緒になって、動作目的を達成するにはどうしたらいいかというふうに語られるべきだと思います。

筋肉偏重主義への文句に逸れましたが、話は笑顔であり、話はあごです。

つまり筋肉の中には表情筋も含まれますが、それらはあごという多くの動物で多大な筋力を発揮することでも知られるとても重要な関節骨格の動きを邪魔するように動いちゃダメということです。
(つづく)

 

「もともとそうなっていた」に戻ること、もともとそうなっていたように使うこと。
それも整体の目指すものです。

生活整体研究家

津田啓史