引き出しの法則 その1

「引き出しの法則 その1」

さて、引き寄せ問題について論じております。そしてあなたが「座したままで幸運が転がってくる」ような「引き寄せの法則」を望むのであれば、それは「引き寄せの法則などない」と決めてしまってそれに期待できないようにしてしまった方が将来のためでしょうと主張しております。

しかしながら自らの内側から立ち上った「やってみたいな」「実現させたいな」というような思いにすかさず乗って、そこから即座に動き出し、自由なスタンスで力みを抜いて、必要であろうことにすいすいと「引き寄せられ」ていく。そのことによって、時間経過とともに実現可能性を増してく生活に入ることを「引き寄せの法則ライフ(正確には引き寄せられるライフ)」と称するならば、筆者は「それはありえます、やった方がよろしいかと存じます」と主張したいと思います。

ところが、ここまで読んで「ごもっとも、実によい解釈だわー」と思われたとしても、実際にはそこにもう一つ問題があります。それは「引き寄せられる」ためにはわが身の内側から「やりたいな、実現させたいな」ということが立ち上ってくる必要がありますから、それがないとスタートが切れない問題です。

それに対しては、陰と陽の二つの回答が考えられますので簡単に説明しておきます。陰の回答というのは、やりたいが分からなければ「嫌で嫌でたまらないこと」を逆転させるという方法です。

私は、ヨガ、整体、武術、(ほかにも仕事術やら時間術やら速読などもありますが)を幅広く人の可能性を引き出してくれるものとして並行して研究しています。

好きなことをやっているようですが、内実は逆です。ヨガをやりながら極限までの柔軟性に行きついても雑念はいっこうに減らないし、チャクラもクンダリーニも「なんじゃそれ、さっぱりわからん」というレベルにしか行きつかない。なんや、世間の人に見せているイメージと実態が全然違うやないかということから、中身がないのにそれっぽくふるまうのが嫌で嫌でたまらなかった。

整体や武術の先人に学ばせていただくと、達人の方はさらりと達人技ができるから世の中にそのレベルものがあるのだけは分かったけれども、自分を顧みても達人の古参のお弟子さんを見ても、その達人の質感に至っている人も、至りそうな人も見当たらない。技の外見は同じようなことをやっても、これまた中身が達人に至れそうなものではないということが嫌で嫌でたまらなかった。

結果、一人でやるしかなく、その「嫌で嫌でたまらないものを消す」べく、だれがやっても再現できる法則性のある取り組み方を掘り下げる人生になったのです。だからやりたいことの「陰」の方法というのは、嫌で嫌でたまらないものを消していくために結果的にじっくりと長期間取り組むことになる、という方法で「結果としてやりたいことをやる」という方法です。

つまり「やりたくないこと」とセットにすることで、結果として「やりたいことを引き出す」という方法です。
(つづく)

 

意識の持ち方を整えるのも整体だと思っている
生活整体研究家

津田啓史