(51)整体というのもつまるところは人の応援

応援団についてずっと書いてきましたが、まあ、それだけ応援団というのが楽しかったわけです。性に合っていたとも言えます。

主役は選手ですが、選手の努力の成果に相乗りする形で、わき役のくせにけっこう目立つのも応援団です。

お祭りにも似たところがあります。お祭りというのはわいわい騒ぐということではなくって、神様をお祭りしているのが本義です。だから本来の主役は神様なのでしょうが、神輿などを担ぐと、沿道に地域の方々が出てこられて見物をされます。この「ギャラリーがいるかいないか」というのがけっこう大きいものです。人通りが途切れたところで担ぐ神輿と、人がわんさかいるところで担ぐ神輿は明らかに重さが違います。

戦後に立てられた長屋住まいだった子どものころは、戦前からあった地域のお祭りというものとは縁がありませんでした。お祭りというのは、お客になって連れて行ってもらうもので、自分で子ども神輿を担いだり、だんじりを引いたり、お囃子に参加したりという展開はありません。

そういうのが潜在的に好きなのにもかかわらず、そういう機会がなかった。だから応援団というのがよけいに好きだったのかもしれません。

話は少しさかのぼって、日本海重油流出ボランティアの話から応援団の話にずっと脱線してきました。テトラポットの真ん中でいつのまにか「現場監督お前だろ」みたいな目で回りから見られた時に、「いえいえ昨日の夕方到着しただけの新参者です、やだよそんなの、勝手わかんないし」と思いビビりまくっていた時に、思いきって中心で声を出す方に踏み出せたのは、甲子園球場ライトスタンドの一角の、目の前にいる何千人に向かって声を出していた経験があったのは確かに役立ったような気がします。

応援団にしても災害ボランティアにしても、多くの人が集まっていても、そこに一定のワク気味や方向性の後押しがあるとないのとでは大違いだ、ということです。そんな方向付け、後押しがちょっとあるだけで、膨大なエネルギーが一つのうねりになって爆発するということもあるのです。

そういう面でその後の仕事になった「整体」というものも、私からすると災害ボランティアの現場監督や、応援団というものを極めて似ていると感じるのです。もともとの人間として生きる力が人間にはある。病気をしてもけがをしてもよほどのものでない限りは自らの力で自然に治っていこうとします。その働きがつっかえたり鈍ったりしているのを、もともと持っているレベルに戻していこう、というのが整体なのです。