国を元気にするお金の考え方 5

新大阪健康道場は、全国的新規陽性者数が増えている状況、特に大都市部での医療体制がひっ迫していることなどの状況を受けて、当面はいつまでという期限を定めないで休業ということにさせていただいています。

コロナの新規陽性者数について、大阪府の数字を観ながら書いています。今週は、お正月明けから社会活動が再開した時期の感染状況が反映します。525人という数字で、火曜日としては過去最多ですね。

明日以後の数字が横ばいないし減少が続いてくれると、かなりうれしいのですが、頭の中では水木金で700人レベルが一度出てしまうのではないかという数字も予想、覚悟しています。

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「国を元気にするお金の考え方 5」

お金を最初に作った人の意図はどうか知りませんが、結果としてお金があることで、世の中は発展し、技術は進歩し、生産能力は高まり、より多くの人が生きて楽しんでいける世の中を作り出すことができる、と言えます。(今現実にそうだと言っているわけではありません。格差がありますよね)

野口晴哉先生の身体観というのは、生きている間しか生きていないんだから、生きている間は生きていようよ、というものです。

生きているのか死んでいるのかわからないような生き方はやめようよ、という考えです。

健康を守るなんて消極的な考え方はつまんないよと。病気があっても障がいがあっても、それを使って「生」を生き生きとさせたらいいじゃん、というものです。

それで、人間というのは、最初の意図はわかりませんが、貨幣というものを生み出しました。貨幣というものを使って、時間や空間を広げて、生産性を上げたり、便利なものを作りだしたりしました。人類全体がより活発に動けるような仕組みを(健全に機能しているかどうかは別として)作ってきたのです。

お金という血液、リンパ液、体液を作り出すことで、それがぐるぐると回って、必要なものを末端まで届け、動いて、さらに活発に動け、新しいものを作りだすことができるようにしてきたのですね。

お金が実態ではありません。お金が目的ではありません。お金は社会を効果的に発展させるための、とても有効な「手段」だったということです。そして、手段として有効になるだけの力をお金に宿らせているものが、供給力だったということです。

だとすると、国を運営していく上で何より大事なことは、供給力を維持することだったのです。そうすれば国民は生きていけます。

ニュースでは「経済かコロナ対策か」という文言で切り取られることが多いです。「経済」と言ってしまうから、何か実態がずれてくると考えられそうです。経済が目的になっているように語られています。経済は一つの指標だったのです。何より大事なのは、国民全員が飢えずに生活していける供給力があるかないかということです。それこそ憲法に書いてある「健康で文化的な生活を営む」ということが政府や行政がある目的です。

だから「経済を回す」のが大事なのではなく、供給力を維持するためには経済を回すことが大事だと言えば、もっと優先することなどが明確になってくるのではないかと思います。

経済を回すということで「ものがある」「それが末端まできちんと供給される」少し詳しく言えば、資源エネルギーがあり、各種インフラがあり、生産設備や能力があり、それを回していける人が確保維持できている、ということにつながっているという線が見えるようにするということです。その一線が国を維持するために譲れない一線だということが分かります。

今、コロナ禍の中で、個別にみれば大変な状況なのは間違いありませんが、全体としてはまだ何とかなっているように見えます。それは日本に生産、供給する能力がかろうじてあるからだと考えればつじつまがあいます。

では、供給力が損なわれると世の中はどうなってしまうのでしょうか?
(つづく)

 

個人の整体を研究すると、国も整体が必要だと思わざるを得ない生活整体研究家

津田啓史